軽井沢大賀ホールの並びの通りで。紅葉が美しい♪
本日はホールの年齢とピアノの年齢のお話。
先週は軽井沢にある有名なホール、大賀ホールでの演奏会。私はピアノ伴奏だった。大賀ホールはご存じ、ソニーの大賀典雄名誉会長が寄贈したことで有名だがその、美しい個性的なデザインと木材を贅沢に使用したその内装が特徴。私もそのホールでの演奏が楽しみだった。
会場に到着してみるとその五角形のホールの美しさは際だっていて、さらにステージの床、壁、など美しい木目の木材が使用され、歩いていてもとても心地よかったし、木の香りも堪能できた。素晴らしいホール!
リハーサルになってみると…事態は一転!五角形…というこのユニークさゆえか、音が廻る!ソリストは良いとして、私は伴奏者。ソリストの音がコンマ何秒か遅れて耳に帰ってくるその気持ち悪さと、不安さは想像を超える物があった。自分の弾いているテンポ感が信じられなくなる事ほど怖いことはない。リハーサル中、私は何度も会場の係の方々に大声でステージから「歌にピアノがテンポ合ってますか?」と尋ねた。それほど自分のテンポ感に自信が持てないほど、音が遅れて聞こえてきたのである。
お相手は二期会の重鎮、藤井多恵子さん。彼女の伴奏は今年で25年ほどになるキャリア。これが大きな救いになった。合ってるのか合ってないのかわからないけれど、今までのテンポ感、二人で積み上げてきた呼吸の感覚。これを信じて手探りのように、いや耳探りのように注意深くピアノを弾いた。
本番までの間、ソリストとのお稽古合わせが終わった後、大体私は会場のピアノに慣れるだけ慣れる、というのが常に習慣になっているのでギリギリまでピアノを弾かせて戴いた。が、今度はピアノの方に問題が…フルコンのスタインウェイだったけれど、音が非常に締まっていて、伸びやかに音が輝かない…ちょっと力むと猛烈にキツイ音の立ち上がり。そこでハタと気づいた。
「このピアノはまだ弾き慣らされてないのかも…」ピアノが若すぎるから青い音になってしまうし、芯が堅いのでなめらかなスタインウェイ独特のきらめきが時としてヒステリックになりそうになって焦る…
あとで聞いてみたら、ホールはできて4〜5年。ピアノもそれぐらいだそう。予想的中。
ホールというのは出来たてから3年で湿度が抜けたりして建物の建材に空気層ができはじめて、劇的に音が変化する。それからだんだんに練れた音響へと成長を始めるのである。軽井沢は非常に湿気が多い。つまり建物の湿気が抜けるのにも都会よりも時間を要するはず。ピアノもしかり。特に東京の中央にあるサントリーホール、オペラシティホール。東京文化会館などでピアノが弾かれない夜、というのはおそらく数えるほどしかないと思う。ところが地方のどんな立派なホールであろうとも、東京と比べれば圧倒的に公演数が減る。ピアノが使われている頻度も減る。当然ピアノが練れて弾き慣らされるまでの時間は都会のホールのピアノよりも数倍かかるはずである。
予想もしなかった事に一瞬気持がひるんだし、体は硬くなるし…
そんな環境でもプロはやはり言い訳はできないし第一、言い訳をする習慣を持っていない。言い訳など何の価値があろう…?聴衆はステージの2時間でそのアーティストを感じ、判断するだけであり、それ以前の練習量やら準備やら、アクシデントetc...そんなの関係ない、というのが実際の経験で得た知識であり、教訓。だから本番の時間までに最善を尽くして現場の楽器に慣れ、ホールの癖を熟知する。それがピアニストの使命。
結果は非常に安定した演奏だったように感じている。それはお客様の反応から感じたこと。それでも本番になってお客様がかなり入り、音が相当吸われるようになっていても、まだまだ残響が多いな、というのが実感。やはりまだホールが若い。あと5年経ったらまたこのホールにまた訪れてみたいなぁ、弾いてみたいなぁ…と思った。
何しろ美しい芸術的なホールだったから。
2008年11月雑感…
耳の良いプロの方には辛いですね。
特に伴奏者は!
大賀ホールといえども使用頻度が少ないと、ピアノがなかなか鳴らないのですね。
お疲れさまでした。
新しいホールはやはりそれぞれバランスが悪い所があるのでその癖を掴むのが意外と時間がかかるものですよね。
実は一部はピアニスト矢島さんのソロでしたがその矢島さんが一曲弾くたびにピアノの場所を移動していました。音が廻るからって…で、結局どう動かしても音が廻るのであきらめたようでした。ソリストもあれはつらかったのでしょうね。
ものを作る者、人に魅せる者として、大変感慨を受けました。「○○の使命」として職を置き換えても十分に通用する格言ですね。言葉負けするかしないかは、やはり「経験」あってのことですね。最近、プロでないプロが身の回りに多くて。。。爪の垢でも煎じて飲ませたいですな。(現実、爪の垢は美味しくはないだろうなぁ。)
いらっしゃいませ。コメント嬉しいです♪
プロフェッショナル中のプロ、おいらさんにそんな事言われるとテレます…
最近ね、地味ながら仕事が楽しいです。信じて続けてくると納得できる事が増えるのかも。爪の垢ぁ…orz,,,そ、それはちょっとねぇ…
使命感が持てるようになるまではやはり誰でも時間がかかるのではないでしょうか。というのが実感。
一見矛盾するような言葉ですが
プロフェッショナルを名乗るからには
依頼を請けたからには
我々は何としてもクライアントやエンドユーザーに
「よかった」と感じてもらわないとならない。
実に、実にです。
本日のエントリー、共感できるところ多数です!
「自分が必要とされている」
この事実を実感できるだけで、我々
モノを、コトを創り出す事を生業とする人間にとっては
とても幸せな事ですから。
うれしいなぁ、そういうコメント、
一流のデザイナーに共感を持って頂けるなんて、幸せです。
そう、プロっていうのは多分、手の内がたくさんあって、状況に応じて常に同じレベルやグレードの仕事、(もちろんそれ以上を目指すわけだけれど)を最低限でも提供できる、という事だと…。
その目に見えない手のうちをどれだけ蓄えているか、っていうのがその人のグレードのような気がしますねぇ…。
時には一生見せない手の内があるのかも…それぐらい豊かになってみたいものですねぇ。
コメントと情報ありがとうございます。
そんなに古いピアノだったのに何故あんなに締まった音だったのか不思議で、
早速調べてみました。
ミケランジェロが持参したのには違いないのですが、
弾き慣らして持ってきたわけではなさそうです。し、さらに
やはりソニーの手に渡ってからほぼ誰にも触られることなく保管されていた、というデータがありました。
ピアノって保管されているだけでは仮死状態って事ですから…蓋を開けないわけですから…空気の移動もない…
スピーカーも鳴らしてないと鳴らなくなりますものね。
やはり弾きならされていない、という事だったのだと思います。
それで大賀ホールに入った訳ですから、
やはり東京に比べればピアニストによって弾き慣らされていないピアノ、という事だったのでしょうね。
打鍵の感じから音の立ち上がりから、締まっている…という印象がつきまとう不思議なピアノでした。
ピアノはやはり毎日のように弾いてやらないとどんな名器でも呼吸できないのだ、とさらに知りました。
皐月さま、大変貴重な事を教えてくださり、ありがとうございました。
今後も宜しくお願いいたします。