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2008年01月18日

一枚の写真=父親像について。

granpa 大正15年の祖父家族記念撮影

以前、コラムにも書いたけれど私は父方母方双方の祖父にとても憧れていて何かにつけて影響を受けて、今日まで来ている。小さい頃から子供は親を超えるもの、越えねば、という強いプレッシャーを一身に受けて育った私にはその両親を超えてさらに華やかな双方の祖父を超えたい…と思ったりもしているのかもしれない。

画像は父方の祖父。本物のセピアの写真。裏を見ると大正15年7月、とある。もちろん中央が祖父、この時33歳。左が祖母。膝にいるのは父の姉、私の叔母であるが、この時満3歳。右側はばあやのキクさん。祖母が嫁ぐ時に一緒に祖父の家に入ったばあやさんかどうかは確かめていない。この写真の中で健在なのは父の姉の叔母だけである。この翌年に父が生まれることになる。

小学校から大学卒業まで、とにかく父の事を友人がみな「すてきね、」「ダンディね」と言ってくれたが、父方は男性がみな華やかな容姿の家系。祖父は父どころではなく容姿以上に性格的にも華やかな存在だった。ま、いわゆる目立ちたがり屋だったのだと思うけど。祖父も父も大学はロシア語専攻。つまり語学で食べてきたわけ。ね。父の書斎にはツルゲーネフだのトルストイだのってたくさん本が並んでたけれど、祖父から譲り受けたものもたくさんあった。父がいないと私はよくこっそりと父の書斎に入ってはその茶色く朽ちた背表紙の本を取り出しては眺めたりしたものだ。そこには父の祖父への畏敬と憧れがあったような気がした。

そして最近になって、父がなんでも祖父のしたことを踏襲してきている事に気づいた。祖父の転勤で神戸に住んでいた父は県立尼崎高校から関西学院大学に進んだのだけれど、一年生在籍中に祖父の横浜への帰宅が決まると、男の子なのに大学を中退して横浜に一緒に戻り、そして東京外国語大学に入学する。それも祖父と同じロシア語科に在籍した。祖父が良く読んでいた岩波書店の『世界』というのがあったけれど、気づくと父もそれを毎月だったか、取り寄せていた。祖父は歌舞伎が大好きで、歌舞伎の雑誌は祖父の家の堀炬燵の脇にいつもあったのだけれど、わが父はなんと、猿之助を応援する「おもだか会」の会員になっているんだなぁ、これが。

いまだに父の口から「横浜のとうさんはね、必ず…しなさい、と言ったもんだったよ…」などとひょいっと出たりする。それも嬉しそうに思い出している。祖父が亡くなったのはもう、30年以上も前なのに…自分が反抗期だった頃は、この父の祖父へのべったり加減が鼻について、「なんですぐに横浜の、横浜のって出すのよぉ(怒)」などと思ったものだが、最近はこういう状況が嫌ではなくなっている。

男の子の中に作られる父親像。それはとても大切なのだと思うから。
自分の親はすごく素敵なんだ!って胸を張って言える事。それはそれでいいことなんじゃないかな。あるいは自分の父親はこんなだったから、自分は絶対ああはならないんだ!でもいいと思う。要は父親像があって、自分の行動を見つめる事ができること、なのだと思う。

最近、親子間の殺人が多すぎて、いつのニュースのどれだったかがわからないほどに日常化しているように感じる。それはそういう父親像、母親像を持てないまま成長してしまっている人たちの間に起こっている事に思えてならない。

50歳まであと何年、という私がこんなに語学にやっきになっているのもやはり祖父→父→と継承してきた血なり、キャラクターなりを自分の中に発見して踏襲したいからなのかもしれない。その場合は男の子の中の父親像ではなくて女の子の中の父親像…となるけど。さらに、子供のいない私にはそれを継承する相手がいないのだけれど。ね。
posted by カオリン at 15:43| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
すごく共感するところが多く、書き込みをさせてもらいます。
私も父方の祖父に対しては、畏敬の念を覚えています。子供の頃、尊敬する人はと聞かれたら、迷わす祖父だと言っていました。
本や、テレビに出てくる偉人より、なぜか祖父の方が偉いと思っていました。
もの心付いたとき知ったのですが、父方の祖父と思っていたのは、実は実の祖父の弟にあたる方なのだと知ったときは、驚きました。
私の父も、そんな祖父の影響を少なからず受けたのか、同じ系列の会社に入っています。
私の父は寡黙な人で誤解を受けやすいのですが、心の優しい人です。
残念ながら、私は昔も今も、父のことを尊敬することは出来ませんが、とても感謝しています。また年を重ねるにつれ、だんだん好きになってきました。
今の自分を省みて、祖父にもちろんのこと、父の足下にも及ばない不甲斐ない男であると気付いてからは、日々精進していますが、なかなか厳しい道のりになりそうです。
散文的ですみません。
Posted by 迷い人 at 2008年01月21日 13:00
>マヨさん、
マヨさんのお父様もきっとうちの父と同じように幸せな方なのでしょうね。お父さま(叔父様だったにせよ)を尊敬できている、というのはやはり精神的により所がありますよね。マヨさんのような同じ感性、あるいは似た環境の方がいらっしゃるのを知り、私もとっても感慨深い気持ちです。私も父の中に尊敬できる部分と困った部分を感じていますが、それにしても父を超えられるかと言われたら、あっさり「ノー!」ですね。不可能なことはしない主義なので(笑)
Posted by カオリン at 2008年01月22日 11:26
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