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5日間のお天気は?

2015年05月31日

"King of Tenor" ヨナス・カウフマン来日。地震をも味方にスタンディングオベイション

昨年2014年の来日を一旦キャンセルしたあと、延期公演となった今回2015年のジャパン・ツアーとなったヨナス・カウフマンの公演。
Poster.jpgヨナス・カウフマン

今回初めてヨナス・カウフマンの歌声を生で聞いた。
サントリー大ホールで一人のソリストでピアノ伴奏で、というのは非常にプレッシャーのかかるステージだと推測される。
ましてオペラアリアのガラ・コンサートではなく、正統派リードでのリサイタル。
Aプログラムはシューベルト「冬の旅」
Bプログラムはシューマンの詩人の恋を含む、ワーグナー、リストの歌曲。
ドイツリードファンならやはりAプログラムに行く。会場はミューザ川崎シンフォニーホール。一方Bプログラムはサントリー大ホール。やはり麗しい「テノールの王」の歌はサントリーホールで聞きたくなるのが一般的音楽ファンの心情。この時点でうまいプログラミングだ、と思った。
つまり、サントリーホールの方が多分、素人的ファンが多い、という事になるわけ。「冬の旅」全曲が聞きたい方は万難を排してもミューザ川崎シンフォニーホールに聞きに行くので東京公演はチケット売り上げが偏らないだろう…と判断される。
スケジュールの都合でBプログラムの日程に行く事になった。個人的に精神的に余裕のない時のAプログラム=冬の旅全曲は自分には重すぎる…と感じた部分もあったし、リストの「ペトラルカの三つのソネット」のファンでもあり自分に取ってはBプログラムは楽しみであった。

SuntoryHallm.jpg開演前のサントリーホール

プログラムB(サントリー大ホール)
・シューマン:ケルナーの12の唄Op.35
 No.1 嵐の夜のたのしさ
 No.4 はじめての緑
 No.7 さすらい
 No.10 ひそかな涙
・シューマン:詩人の恋 Op.48
・ワーグナー:マティルデ・ヴェーゼンドングによる5つの詩 Op.91
・リスト:ペトラルカの3つのソネット S270

当初、公演を見て不思議に思ったけれど日本の代表的なメジャーホールのサントリーホールが公演第一日目、というのはマネジメントは何を考えてるのかな?という事だった。
通常はその国のメインホールは一番体調の良い時に当てるのがマネジメント会社。地方公演を数回して馴染んでから東京公演、というのが来日アーティストの通常なのである。それがサントリーホールが第一日目。
で、プログラムを見てわかった。今回の演奏会はサントリーホールがリラックスプログラム、という雰囲気に作ってある訳で、さらに世界各国のツアーで慣れているプログラムでまず一晩演奏、という段取りなのだと見えて来た。
彼の焦点はあくまでも「冬の旅」全曲。なのでサントリーホールでまず馴染んでから、二日目公演のミューザ川崎と三日目の大坂で「冬の旅」を歌う。なるほどなるほど…。
外国人アーティストは日本公演は反応がないので非常にノリにくい、と良くおっしゃる。そして日本はFarEast=極東=何しろ遠い!時差ぼけなどのつらさと闘いながらの演奏なので自分が楽器のオペラ歌手は神経質にならざるを得ない。という予想通り、非常に用心深い演奏のスタートになった。
徹底的にコントロールのきいたピアニッシモが目立ったシューマンの歌曲2種類。
休憩後も声量を出さないまま。
それだけにヘルムート・ドイチュのピアノの珠玉の響きが素晴しいのが印象的。長いコンビを組んでいるお二人の溶けるようなひとつになったアンサンブルはそれは美しかった。
ワーグナーの5曲を歌い終わっておじぎをした時、あの震度4の地震が来た!20時25分…揺れた揺れた。カウフマンも立っているのがやっとでステージで踏ん張ったほど。シャンデリアが大きくゆっくり揺れ続け、次の演奏へのステージ登場が中断。シャンデリアの揺れも収まり、ここから最後のリストのプログラムに入った。

★ここで地震の長く大きな揺れを体験した事ですでに会場の心情が大きく一つにまとまる、という現象が起こっていたのに後に気づくのだけれど…。

地震のあとのステージ登場に、オーディエンスは勇気を称えるというか、惜しみなく拍手を送った。
最後のプログラムのリストのペトラルカ〜の2曲目から突然音量がドラマティックになったので、思わず2曲目で拍手が沸き起こった。
ここからカウフマンは何か、スイッチが入った感があり、声量がどんどん増した。こちらとしてはやっと本来の世界的レベルのテナーの歌声が聴けた、という気持ちになった。カウフマンはこのリストの歌曲は相当得意なのでこの最後のプログラムに持って来ているのが明白なほど、その歌声、表現は秀逸だった。
が、すでに終曲。

★地震という一つ恐怖の体験はそれを乗り越えると人間をハイにする。山の谷間の細く長い吊り橋を渡り終えると興奮が収まらずに飲酒したくなる、喫煙したくなる、外科医が難解な手術を終えると女性が欲しくなる、等という生々しいたとえがあるけれど昨晩はそういう滅多にないドラマティックなアトモスフィアがこの時点で会場全体に沸き起こってしまっていた。

多分カウフマンもそういう興奮状態があったのではないだろうか…。アンコール2曲目からサントリー大ホールはスタンディングオベイション。1階はもちろん、2階もみな立ち上がってしまった。
ここからがすごい。
何度ひっこんでもスタンディングオベイションが収まらないので結局アンコールは5曲!
来日公演初日に!である……!
彼らは出たり引っ込んだりを10回以上、プログラム終演後に繰り返した事になる。
kaufmanEncore.jpg 終演後に貼られたアンコールの曲名
++++++++++++
アンコール
1.F.リスト:それはきっと素晴しいこと
2.R.ベナツキー:それはきっと素晴しいこと(オペレッタ”白馬亭”より)
3.レハール:君は我が心の全て(オペレッタ「微笑みの国」より)
4.レハール:私は女たちによくキスをした(オペレッタ「パガニーニ」より)
5.レハール:友よ、人生は生きる価値がある(オペレッタ「ジュディッタ」より)

そして、この日の演奏は最後のプログラム=リストの作品からアンコール5曲が尻上がりに素晴しい演奏になっていった。
もしあの強い地震がなかったらあの会場総立ち!というスタンディングオベイションはなかった…と私は断言できる。あってもせいぜい前列5列止まりだったと。シャイな日本人がクラシック音楽鑑賞の会場で会場中が何十分も総立ちになるには何か、枷が外れる必要があり、それがあの、予期せぬ地震の共同体験だったと私は実感している。その熱狂的な会場の雰囲気がカウフマンの冷静なコントロールを突き破った、というドラマが見えた。
やはりオーディエンスはほとばしる何かを聞きたい、見たいわけで冷静すぎるコントロールはステージから客席に距離を作るだけである。ではあるが、一流になればなるほど全公演を見渡してエネルギー配分をするのは当然ではある。今回、地震というハプニングにより終演に近づいて本当のカウフマンを見る事ができて、名演を聞けて本当に良かった。
++++++

3.11.直後の来日公演を家族の猛反対に遭いキャンセル。日本人ファンをがっかりさせた事件から4年。そして昨年2014年の病気のための延期…となかなか来日が思い通りに運ばなかった経緯があるけれど、今回のこの日本公演初日。まずは地震さえも武器にしてしまうカウフマンの運の強さ。

そしてそういう素(す)になったプリンスいやキング・オブ・テナー、カウフマンの魅力はしっかりと聴衆の脳裏に焼き付いて、根づいた。こんな希有な場面に遭遇できた自分はなんとラッキーだったかと思う。

ヨナス・カウフマン ジャパンツアー2015 公演スケジュール
5/30(土)19:00〜 サントリーホール
6/1(月)ミューザ川崎シンフォニーホール Aプログラム
6/4(木)大坂ザ・シンフォニーホール Aプログラム

kaorinIcon.jpg
posted by カオリン at 10:30| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | コンサートレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月10日

美しい余韻=ロシアからの絶妙なデュオ・リサイタル

NikkeiMuse.jpg ←click!

ロシアから来日中のデュオを東京大手町の日経ホールで聞いた。
第429回 日経ミューズサロン

チャイコフスキーコンクール優勝のチェリスト、セルゲイ・アントノフと
ハイフェッツ国際コンクール優勝で古楽器演奏家としても名高いセルゲイ・マーロフ
お二人とも名前がセルゲイ。ダブルセルゲイのデュオというわけだけれども…。

マーロフのヴァイオリンはイタリア系の音色がして軽やかで透明で繊細。
だがしかし、透明さはややくぐもった響きも併せ持っており、その点において、
古楽器の演奏家でもある事がとてもしっくりとくる演奏だった。
フレーズの取り方の息が非常に長い。いくつものフレーズが一息で繋がっている。
音楽を大局から見渡せて構築できているのにわざとらしさは一切なくて自然。
アントノフのチェロは出だしのたった一音、
その音が出た途端に心を鷲掴みにされるような魅力的なチェリスト。
それだけでもう音楽に陶酔できてしまう。
全身がすでにチェロなのだった。
その完成度、緻密さ、素晴しかった!
技術が良いなどというレベルではなく、本当にアートそのもの。

★プログラム★
オネゲル/ヴァイオリンとチェロのためのソナチネホ短調 H.80
J.S.バッハ/無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番ニ短調BWV1004
J.S.バッハ/無伴奏チェロ組曲第3番ハ長調
ラヴェル/ヴァイオリンとチェロのの為のソナタ 作品73

ヴァイオリニストが楽譜にiPadを使っており、
ペダルで踏めくりしていたのも印象的。
デジタル製品をさりげなくステージに取り入れているところが
やはり1980年代生まれの演奏家ならでは、と唸らせた。
二人ともロシアの音楽家の家系に生まれたサラブレッド。
見事な演奏が軽々とされていたのがステキだったけれど、
あれほどのテクニックとボウイングがなくては
この軽やかさは出ない事はよくわかる。お見事!の一言に尽きる。
こういう演奏家のラヴェルは絶品だと心から思った。

日経ホールは600名収容のシックなホール。
二人のデュオがとても贅沢に空間一杯に美しく響いた。

by Kaorin
posted by カオリン at 19:02| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | コンサートレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月23日

草刈とも子フレンズコンサート100回記念 in けやきホール

withTomo01.jpg マリンバ界の大御所草刈とも子嬢

昨年の夏の話になってしまいますが、
日本を代表するマリンバ奏者、草刈とも子さんを囲む音楽仲間のコンサートが
100回を迎えたので大々的に代々木のけやきホールにて開催しました。

普段は草刈邸で30人近く集まってホームコンサートの形で、
色々各自工夫をしながら出し物を決めます。
振り返ると草刈さんとは四半世紀に及ぶ友人になっていたのでした。
新人でくちばしの黄色い切れやすい自分を暖かく指導し続けて下さって、
私に取って姉のような存在です。

皆さんがテレビで聞いているマリンバの音は大半は彼女が演奏していたりします。
こんな素晴しい友人を持てて幸せです。
この日はピアニストの穴澤ひろみさんと
小森昭宏氏の子供のための連弾曲集から演奏をお届けしました。
穴澤ひろみさんとはこのコンサートが初共演でしたが非常に和やかに
アンサンブルできました。ぜひご覧下さい。


Video by Akira Sughiyama
posted by カオリン at 01:50| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | コンサートレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月06日

改めまして、ご挨拶♪♪♪

shibuyachurch2011s.jpg渋谷教会のキャンドルサービス伴奏


節分が過ぎて本格的に2012年の到来となりました。
しばらくのご無沙汰でした。

一言ではお話しできないぐらいのたくさんの事があり、
更新をする事がままならない2011年でしたが、
やっと体力、気力とも元に戻って参りましたので
2012年はフレッシュな気持ちでスタートしたいと思います。

たくさんの事をこれからゆっくりとお話ししながら
また日々の活動の一端をご紹介できればと思います。

画像は昨年クリスマスイブの渋谷教会でのキャンドルサービスの際の
ピアノ伴奏のものです。

もちろんソプラノはいつもの藤井多恵子さん。
shibuyachrchDuo.jpg

それはそれは美しい声が天井から降ってくるようなクリスマスイブでした。
相変わらず300人ほどの方が礼拝に見えました。

渋谷教会のピアノはドイツ製のベヒシュタイン。
私はあの教会のベヒシュタインの響きが大好きです。
教会の広さにもぴったりな大きすぎないサイズで透明な音が上に
素直に立ち上がり広がります。

おいで下さった方、手術後の体調をねぎらって下さった方々、
皆様に心から御礼申し上げます。
ありがとうございました。

健康である事に心から感謝して。

by Kaorin

posted by カオリン at 21:27| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | コンサートレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月21日

二期会の「今」〜実相寺演出の「魔笛」

nikikai.jpg 実相寺昭雄演出の「魔笛」

先日知り合いのお招きで二期会の「魔笛」に出掛けた。
ウワサではウルトラ怪獣がステージに出てくるという事でこちらとしては
「???」という気分。
でもすごく感動するから、と言われてますます「???」で…。

実際のステージが終わっての感想:
「す、すごい!何て自然なの?」「この世界は一体なに?」
「人真似じゃない、独自の世界」「心が暖かくなったままほんわか…」
「もしかすると今年一番印象に残るステージになるかも…」
と、感激が止まらず、とても気持ちが暖かなまま帰宅した。
一週間してもこの暖かな感動が残ったままである。

普段、オペラで考える「魔笛」とは大幅に演出がクダけている。しかしクダけていても決して安っぽいのとは全く一線を画した演出。ウルトラ怪獣もたくさん登場。

実相寺昭雄氏はウルトラマン、ウルトラセブンで最も有名になった映像作家、そして監督でもあるが、実は音楽への造詣も深く、東京藝術大学の名誉教授も務めていた。実相寺演出のこの「魔笛」は人気を博しており、今回で4回目の再演。会場はファンで埋め尽くされていて熱気で一杯。

この実相寺演出の「魔笛」では普段登場するさまざまな動物がここではウルトラ怪獣に置き換えられており、みなあの着ぐるみで登場。でんぐり返しをしたり、飛び跳ねて喜んだりと、非常に表情豊かで、当初想像していた「オペラにウルトラ怪獣?」という違和感が全くない!という事に驚かされた。
nikikai02.jpg 森でウルトラ怪獣がくつろぐ様子

動物に置き換えられて登場するウルトラ怪獣の素直さやいじらしさに非常に心が癒され暖かくなってしまい、違和感が全くなくなってしまったのは不思議ですらあったのだけれど、考えてみるに、実相寺演出の「魔笛」全体を通して貫かれる「愛」についての表現。そこに人類愛であるとか、世界中が平和であるというようなメッセージ性が色濃く表現されており、その愛そのものが本質的なコアな根っこのところがとてもクリアに表現されてくると、登場人物が見た目にウルトラ怪獣であろうと、宇宙服を着たようなパパゲーノであろうと、私たちオーディエンスもその中にある心を感じ取ろうとし始めるのがわかってきた。聴衆にウルトラ怪獣を通してでもそういう心髄を感じに行かせてしまうこの実相寺監督は、鬼才とも言える素晴らしい演出家だと驚愕してしまった次第。

そう考えてみると、日本の歴史の中でとにかく、ヨーロッパのグランドオペラを表面的にでも模倣するのに精一杯だった昭和から平成への時代を経て、日本のオペラ界が相当に成熟している、というのを感ぜざるを得なかった。時代は真似から日本独自の表現の追求へと発展し始めている。そしてそれが現在の日本の文化に影響された個性的な世界をきちんと築いている。

なんて素晴らしい事!

そしてさらに素晴らしかったのは出演者の歌唱力、演技力のレベルの高さである。
夜の女王の安井陽子の伸びやかでパワフルな音楽力、ザラストロの小鉄和広の魅力的なバス。そして今回のパミーナ増田のり子の存在力の強さ。パパゲーノの友清崇の演技力の幅広さ。主役一人が素晴らしいのではなく、隅々まで素晴らしい!というこのステージは単に音楽のレベル、というのを越えたステージ全体としての成功感が溢れていた。

聴衆に先入観を捨てさせてしまう故実相寺昭雄監督に、ひたすら感激。
素敵なステージを作って下さってありがとうございました。こんなポエムのある二期会のオペラって今まで、そうそうお目にかかれなかった!と言いたかった。

「良いステージ」という言葉が大好きである。「優秀でした」とか「正確だった」とかよりも「良いステージ」…というこの言葉に客席の一体感も生まれると思っている。
日本ではオペラ、というとどうしてもステージから客席への一方通行な感覚がある。しかしながら、この実相寺版「魔笛」は本当にステージと客席がひとつになってしまう不思議な魅力をもっている。

きっと人気の演目だから必ず第5回目がある気がしている。「えぇ?モーツァルトのオペラにウルトラ怪獣?考えられない?なんなのよぉ、それってぇ」と言わずに、先入観を持たずに次回は是非、聞きに、見に行って戴きたい気持ちでいっぱいである。

「この感動を皆さんとシェアしたい!」と思わずにはいられない素晴らしい演出のオペラ「魔笛」


オペラ公演ラインナップ「魔笛」
posted by カオリン at 02:07| 東京 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | コンサートレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月19日

芳醇な人間性を歌に込めてースウェーデン放送合唱団来日公演

swidishchorus.jpg スウェーデン放送合唱団

2006年12月の来日からはや3年過ぎて6度目の来日となったスウェーデン放送合唱団。「ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団に匹敵する世界一の合唱団」といわれるスウェーデン放送合唱団の演奏はそれは素晴らしかった。

生憎の雨にもかかわらず、会場オペラシティタケミツメモリアルホールは超満員。この日の演奏に期待する熱気であふれかえっていた。

オランダ人指揮者ペーター・ダイクストラによる今回のプログラムは下記の通り:

・バーバー:アニュス・デイ(神の子羊)
・マルタン:二重合唱のためのミサ曲
 I.  キリエ
 II. グロリア
 III. クレド
 IV. サンクトゥス
 V.  アニュス・デイ
・スヴェン=ダヴィッド・サンドストレーム:主を讃えよ(2003)
・プーランク:二重合唱のためのカンタータ(人間の顔)

********************
バーバーのアニュス・デイはもちろん今日の20世紀アメリカを代表する有名な「弦楽のためのアダージョ」の歌詞のついたバージョンである。
器楽には器楽の良さがあり、声楽には声楽の良さがあるが、時として声楽は器楽を凌駕する瞬間があると感じる事がままある。今回もそうだと確信。

器楽で独特の清潔なモダンとも言うべき世界を持ったマルタンの作風に慣れていた自分にはその作品がクリアで切なく美しいのにはまた違った意味で驚かされた。宗教曲は大抵晩年に書く作曲家が多いが、これはマルタン32歳の作品。静かな揺らぎの中で曲は始まり、いく層にも音が重なる様は水彩画のようなたたずまいを見せ、かと思うと瞬時に沸騰するような色彩の混ざり具合を示した。濁りのないマルタンの和声感が立体的に表現されていた。

2003年に書かれた今回の中で最も新しい作品、スウェーデン人作曲家のサンドストレームの「主を讃えよ」はリズムに特徴のある近代的な作品。彼はまだ60歳代の作曲家である。


何と言っても本日の圧巻はプーランクの「二重合唱のためのカンタータ(人間の顔)」であろう。
この作品だけは宗教曲ではない。

プーランクの音楽も秀逸だがテキストそれ自体が猛烈な迫力で迫ってくる。詩はボール・エリュアールによる。第一次大戦よりシュルレアリスムの運動に参加、第二次大戦中はレジスタンスの地下出版に身を投じ、後に共産党に入党、というその力強さと人の心を捉えて話さない彼の作風にプーランクの宙を舞うような明るく、自由な音楽が余計に生きていく事の困難さ、切なさを色濃くしている。

戦争の悲惨と苦しみを経験した者が知る、暗く激しくそれでも望みを繋いで生きていく様子が痛々しく、しかしながらそのエネルギーは力強い。特に8曲目の「自由」は大戦中レジスタンスに加わったパブロ・ピカソに捧げられている。
「自由」は「私はお前の名(自由)を書く」という意味のJ'ecris ton nom=ジェクリ トノ〜ムというフレーズが20回出てくる。そして21回目にはそれがLiberté=自由(リベルテ)となって終わる。そのジェクリ トノ〜ムがずうっと耳に残る。天から降ってくるような羽が生えて漂っているかのような透明なコーラス。でもその雲の下では人間が殺し合い自由を奪い合う。それを止めるすべもなく…人間は何と愚かな生き物…。そのように考えさせられてしまう作品であった。
ちなみにこの作品は1943年作曲当時にはフランスでは演奏不可能であったほどの難易度。である。

**************
プーランクはやはり天才だと思う。学習の積み重ねとか優秀とかいう言葉がバカらしくなるほど、この作曲家は天性のメロディが、音楽が溢れ続けて止まらない。それもたった1フレーズ出てきただけで聴衆の心をわしづかみにしてしまう。本来作曲家はこういう人間がなるべきで、神からのGift=才能という言葉が最もふさわしい作曲家だと思っている。

アンコールは三曲
1.ヒューゴ・アルヴェーン(Hugo Alalfvén)の「そして乙女は輪になって踊る」
2.ヴィルヘルム・ステンハンマル(Carl Wilhelm Eugen Stenhammar)
の「後宮の庭園にて」
3.再びヒューゴ・アルヴェーンで「私たちの牧場で」
と、1870年代生まれの代表的なスウェーデンの作曲家二人の親しみやすい曲で終演となった。

ペーター・ダイクストラのおおらかで繊細な感性でまとめられた音楽は非常にバランス感が良かった。

**************************

声楽(声)は器楽よりもずっとシンプルにステージから聴衆の所にやって来て心を掴む楽器。そして最高の声と感性をもった彼らからの波動に静かに身を委ねている瞬間、そのひとときは至福の時であった。
6月18日)

スウェーデン放送合唱団来日公演

♪おまけ♪
書斎の書庫からスウェーデンの出版社の古びた合唱曲集が出てきて
そこにヒューゴ・アルヴェーンのものを数曲発見。
スウェーデン資本の会社に勤めていた父からのプレゼント。
日本で言うところの「日本歌曲全集」みたいなものか。
sverives melodibok.jpg
Edition Wilhelm Hansen Stockholmのもの

posted by カオリン at 15:07| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | コンサートレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月15日

クラシック音楽を楽しむ街・荻窪のコンサートに出演

triomaty.jpg MATYのメンバーと楽屋で
マティのメンバーは小顔、小柄。私は巨人のように大きく見える(笑)


父が勤務していた頃の上司であるカナダ在住のスウェーデン人のご夫妻が来日するという事で父の接待に同行した私は京都でご案内を努めて旅行中。明日帰るというその夜中に携帯が鳴った…。

幼なじみのパーカッショニストから。
「事情は後で話すけれどちょっとトラブルあってピアニスト探してるの。カオリンに是非お願いしたいと思ってます。ステージは15日で今日夕方リハーサルに来て欲しい」と。

手帳を見ると15日はスカ〜ンと空いている。がその日帰京の予定は23時頃。リハーサルには出られない…。急いで連絡すると「とにかく本番が空いてるならリハーサルを翌日にしても良いから引き受けて」とすがるような彼女の声。

はっきりした状況は知らないが、ピアニストが急に事情で弾けなくなった→降板!などというのはできれば見舞われたくないアクシデント。親友の置かれた状況を思うとそりゃー、一大事なわけで何とかしてあげたい。

でも楽譜も見ていないし、どんなコンサートなのかも何も聞かされていない。でも答えを選んでる場合じゃない緊迫した雰囲気。歌の伴奏だから私の日常の生活の範囲に入るのだから引き受けた。リハーサルの当日にファクスで次々楽譜が入ってきた。

行きの電車の中で楽譜をとにかく読んでガイドを入れ、コードネームをふる。おかしいのだけれどクラシックの楽譜でも私は楽譜を読む時間が足りない時は楽譜にコードネームを入れてしまうクセがある。これなら短時間でとにかく間違った和音を弾かないで済むからである。リハーサルの時は正しく弾くよりも流れとタイムラインをつかむのが先決なのでそこで練習して弾いたりしていてはダメなので、止まらない、テンポキープが何よりも大切な事、となる。ソリストは止まっていいけれど伴奏者は絶対自分から止まってはいけない!という基本的な掟があるから練習や稽古であってもピアニストは弾き出したら絶対止まれない。

京都で電話を受けて二日後が本番なワケだから驚いちゃうけれど。
リハーサルはほぼ初見で5曲を突っ走って弾いた。
なんとかタイミングだけ録音してきて翌日はもうステージ!!!だったのでその日は夜好きなだけピアノをさらった。こういう不測の事態ってあるんだと驚いて、24時間ピアノの弾ける部屋を作っておいて良かったぁ…と思った。

翌日午前中からリハーサル。そして我々マティの出演の時間がやってきた。

さて、落ち着いてきたのでお話しできるけれど
今回は親友のお嬢さんのコーラストリオの初デビューだったのね。彼女の住む杉並区は音楽家が非常に多いのだけれど、その中でも荻窪は毎年荻窪音楽祭、という企画を続けていてアマチュアからプロまで、皆さんがその日は荻窪のどこかしこでボランティアで演奏会に出演する、という企画で今回が21回目。素晴らしい。
コーラストリオ「マティ」はNHK児童合唱団で息の合った3人がトリオ結成したグループで、歌ったのはディズニーシリーズや、湯山昭、上柴はじめ作品など、バラエティに富んだ作品5曲。会場からはかわいい、と好評だった。

ステージというのはたまたまその曲が初見で弾けたとしても時間をかけたものしか出てくれない、と私は思っているから、今回はたった一晩の練習の成果でしか演奏ができなかったわけで、ピンチヒッターとしてはまずまず傷はなかったらしいけれど、曲に思いを入れていく時間がなかった事が悔やまれた。
でもアクシデントだったのだからそれはそれ、だけれど。

今回は親友の出演するプロのマリンバトリオの演奏も華やかに「21th 荻窪音楽祭」は無事終了。

この荻窪音楽祭のレベルは非常に高く非常に驚かされた。

帰りに西荻窪の駅に歩いている内に、京都からの疲れがドドドぉ〜っと押し寄せてきた。京都では朝から晩まで英語をしゃべり通し、初対面の外国人の接待は自分が海外に滞在した時よりもずっと英語が必要で、友人との旅行ではないから放っておくという事ができない。チケットを買うにもどの列車を選ぶのか、等にも全て英語での説明が必要だったので夜になるとさすがに頭がキーンとなるのだった。で、また京都が底冷えするほど寒くて。東京に戻ってからは楽譜のテーピング、譜めくりの工夫など、とにかく考える前から手が動く状態に多忙になってしまったわけ。

頭の芯が疲れるってコーユー事ね、と思いながら自宅に帰ってそのまま爆睡!

伴奏の仕事は自分の事よりもソリストに全神経を集中する。なのでこの短い日程で初めて顔合わせするソリストがどう表現したいのか、を探りながらピアノを弾く事になったわけで、その作業は自分の想像よりもかなり神経を使ったのだと翌日判った。一日中寝っぱなし。寝ても寝ても眠い。あはは。

何気ないボランティアの演奏会にピンチヒッターで出演しただけだというのに、前から準備するプロの演奏会よりも私は消耗した。おもしろいものである。でもこういう事件は非常にエキサイティングであったのも事実。私の前頭葉はその間、相当発熱していたと思う。サーモグラフィとかで見てみたかったな(笑)大学在学中の若いお嬢さま方の伴奏をするなんて事は最近では滅多にない事でそれも楽しかったし。

"MATY"の活躍を祈りながら翌日から普通の生活に戻っていく自分。
というドタバタ週末の日記。終わりよければ全てよし!という事でめでたし。

duo0515.jpg
マリンバの演奏を終えた親友と楽屋で=神崎圭伊子さん

posted by カオリン at 13:10| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | コンサートレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月22日

アンサンブル・ノマド第37回定期演奏会 クロード・ヴィヴィエ特集

nomad_CVivier.jpg アンサンブル・ノマド:クロード・ヴィヴィエ特集

アムステルダムだったかブリュッセルだったか、記憶が定かではないがクロード・ヴィヴィエのCDを入手してからこの作曲家の不思議さが気になっていた…。

今回アンサンブル・ノマドの演奏で生で聞ける!とあって興味津々ででかけた。

今回は「ボカラ」以外は聞いた事のないプログラムばかりだった。
1.ギターのために(1975)
2.サマルカンド(1981)
3.シラーズ(1977)
4.ボカラ(1981)
5.神々の島(1977)

クロード・ヴィヴィエは1948年4月14日カナダに生まれ1983年3月7日にパリで不慮の死をとげた。つまり34歳で音楽人生を閉じてしまった作曲家。

ヨーロッパでシュトック・ハウゼンに師事したが
ヴィヴィエの作風は独自のスタイルがあり
ゆるがないものを感じる。
1977年からのアジア→中近東への長旅が彼の作風に影響を与えたと言われ、曲名も「マルコポーロのためのプロローグ」とか「ジパング」とかシルクロードそのものであったりする。

ノマドの佐藤紀夫さん曰く「ヴィヴィエは一言で言えば激情の人」
私は激情というよりも何か信念のようなものに取り憑かれて曲を作った作曲家のように思えている。

ヴィヴィエの音楽の特徴はトレモロ、トリル、そして自然倍音でのゆっくりとした上昇音列にある。
パルス感があるのとも違い、パイプオルガン音楽を聴いているのと同じような感もある。つまりクレッシェンドがなめらかなのではなく階段状に板状に増えてくるような音量の変化の仕方をするのだ。それとオール・ユニゾン!のようなフレーズに驚かされたりする。

音の密度は非常に濃くカタマリが耳に押してくる感じ。音が弧を描いたりしている割には空気感の薄い音楽で、さらにフレーズの息が異様に長い。その為に長い時間聞いていると息が詰まるというか、苦しさを覚えるぐらい質量感がある。ある意味、それは電子音楽を人間にさせているような人工的なテクニックも感じるので演奏家の負担はそれは想像に絶するものがあると感じた。

**********************************************

ヴィヴィエの音楽は当時の作曲家の流行の中央からはほど遠い所にあったと思われ、その個性は非常に興味深い。現代奏法の作品にも関わらず古代の匂いがプンプンとするこの不思議さは非常に神秘的である。

密度が濃い作風であるから当然楽器編成が多くなればなるほど面白さは増すのだが、1曲目のギターソロであったとしても、その情念というか何かに突き動かされるかのようなその波動はシンプルな1台の楽器で十分に表現されていた。

日本でメジャーな作曲家だけではなく、こういうクロード・ヴィヴィエのような作曲家の作品が聞けるのは大変嬉しい事だった。
(2010年3月19日(金) オペラシティ小ホール)



ヨーロッパで入手したマイクロード・ヴィヴィエ↓


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2009年09月21日

藤原亜美&長尾洋史スーパー・ピアノ・デュオ at 東京文化会館

superDuo.jpg 藤原亜美&長尾洋史スーパー・ピアノ・デュオ

9月20日(日)18:00 東京文化会館小ホールにて、藤原亜美&長尾洋史スーパー・ピアノ・デュオの演奏会があり、仕事仲間でもあり友人でもある藤原亜美さんの演奏が楽しみで出かけた。

このお二人のスーパー・ピアノ・デュオは今回で3回目。前回はヒンデミットの2台ピアノの曲、シューベルト、ラヴェルなど、マニアックな渋いプログラミングだったが今回はシューベルトのフランスのモチーフによるディベルティメント、モーツァルトのソナタヘ長調K.497、そしてメシアンのアーメンの幻影というプログラムで、演奏も息がぴったりで奥の深い演奏が聴けた。

私は所用があり、シューベルトは聴けずモーツァルトも後半しか聴けずかなり残念だったがメシアンのアーメンの幻影が全曲聴けたのは非常に幸せだった。モーツァルトのソナタも非常に華やかで緻密な作品。そして演奏がそれにふさわしく多彩で見事だった。

メシアンのアーメンの幻影はただ、ため息が出るほどの音の美しさ。リズムも合わせるのはかなり微妙な部分がたくさんあるし、さすがに超絶テクニックが必要な2台4手の作品だが、お二人の演奏が圧巻でその集中力がずっと50分ほど続くさまは凄まじいほどの美しさがあった。この作品の間中、私は何度も宇宙へ想いを馳せた。

アンコールはプーランクのエレジー(2台4手)そしてドボルザークのスラブ舞曲(4手)から…特にプーランクが良かった…エレジーは音が厚くゴージャス、なのにほとんどがピアノやピアニッシモ、と言った弱い音に支えられ、さらに拍の頭に音がない、後打ちのリズムがずっと続く。長調なのに寂しくなる、音がゴージャスなのに切なくなる、不思議な曲。

藤原亜美さんのその楽譜を読み取る能力は業界では有名だけれどセンスも素晴らしく私はいつも安心して作品をお任せできる演奏家と思っている。長尾洋史さんは背も高く大柄なのでその音楽性にさらに力強い音量が加わる。そういうお二人は互いのリズムの取り方や音量コントロール等も良いため、そのバランス感の良さも心地よさを作り出してくれている。普段一年中どちらも大きなメジャーなコンサートで引っ張りだこのお二人。ソロも忙しくレコーディングも忙しい。そういうお二人がその合間を縫って好きな曲に情熱を燃やし、プログラムを練ったこういうコンサートは仕事から離れた、心からの理想を追求した豊かさがある…3回目にしてそれがさらにはっきりと形に表れてきている感があった。

次回がますます楽しみな「藤原亜美&長尾洋史スーパー・ピアノ・デュオ」である。

藤原亜美公式サイト
長尾洋史プレイズドビュッシー&ラヴェル
posted by カオリン at 23:56| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | コンサートレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月30日

みんなで気軽にコンサート「魂の歌♪藤井多恵子コンサート」

minnna01.jpgminna03.jpg
今回はピアニストもお色直ししました(^^)パンツルックの方が好評で…


♪ ごあいさつ ♪

4月26日の演奏会は満員のお客さまに見守られて無事終了しました。ご来場くださいました皆様、ありがとうございました。
今回はカオリンのピアノソロも入り、主催者からの出演者インタビューもあり、いつもよりもずっと親しみを感じられたコンサートとなったようです。
minna02.jpg カプースチンとガーシュインを弾くカオリン

リハーサルの時には会場のピアノが状態が非常に悪く、
この日はなんと、3回も調律を繰り返したとの事でした。
それでも鍵盤の上りのムラや音質は普段の音楽生活でのものとはかなりかけ離れたものとなり、音を出す度に手が弾く事を拒否して硬直する!という感じの音色で…楽屋で思わず目の前が真っ暗になったスタートとなりました。本番までの限られた時間でできたのは、ピアニッシモの音色を出す事に成功したこと…それほど、音を出す以前の部分で全神経を使ってしまいました。

ピアニストはピアノを選べない…まさにそういう環境!
しかしながらどんな状況でも良い演奏会にするのがミッションなので、できる限り、本当にできる限りの工夫をしてステージを終えました。

藤井多恵子氏の歌もトークも皆様を感動に誘ったようで、「泣けて泣けて…」とか、「一部最後から涙が止まらなくて…」とか、たくさんの感想をいただきました。

驚いた事に、ピアノソロで一部トラブルが発生したにも関わらずピアノソロが「カッコよかった!」などとお褒めを頂いたりもありました。終わりよければすべてよし、というコンサートになりました。

今回のコンサートで、悪環境の中で始めて自分のある種の慣れとか、おごりとかを発見する事となり、反省と同時に感謝の気持ちに包まれました。改めて強い精神力を持ったアーティストになりたい、と心から感じたコンサートでした。
minnna04.jpg 主催者松島さんからインタビュー

打ちのめされて始めて見えるもの、って…あるのだなぁ…とつくづく…
やはりプロ・アーティストになって良かった…と心から思いました。

今までアマチュアとプロの違いは何ですか?と聞かれると困ったのだけれどある方の言葉を聞いて納得。そして今回それを実感をもってわかった気がします。
今までは出演料や作曲料を戴けるのがプロ、と思っていましたが違いますね。

好きな事を、環境を選べて好きなようにできるのがアマチュアでしょう。いやでも、つらくても環境を選ばず常に同じレベルで完成させるのがプロでしょう。
だからアマチュアの方が上手な事も、ままあるわけ。その説明ができるようになったのが今回は収穫!

ナベシマカオリはさらに進化します! 乞うご期待♪
posted by カオリン at 11:44| 東京 ☀| Comment(6) | TrackBack(0) | コンサートレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月23日

イヴ・アンリの演奏とフランスの名器プレイエルの絶妙バランス

saito 斎藤アンジュ玉藻 イヴ・アンリ デュオリサイタル

3月9日東京四ッ谷の紀尾井ホールで開催された「斎藤アンジュ玉藻 イヴ・アンリデュオリサイタル」友人のパーカッショニストからご招待戴き出かけた。

紀尾井ホールに入ると…ピアノが非常に短い!あれれ?という感じ。プログラムなどを見ていると本日使用のピアノは持ち込み。で、フランス製のプレイエル P-190。斎藤さんの使用楽器(ヴァイオリン)についてはコメント無し。

斎藤アンジュ玉藻さんは今回が正式日本デビューだそうで非常にエネルギッシュな演奏を披露していた。日本人には稀なボウイング(弓使い)のたくましさ。今後どう成長していくのかと思わせるヴァイオリニストだった。
しかしながら今回の演奏で特筆すべき、驚くべきはやはり世界的なピアニスト、イヴ・アンリ氏のその存在感だった。そしてその使用ピアノ、プレイエルP-190

P-190が示すとおり奥行きが190センチだからフルコンサート・サイズなどの270センチの奥行きからすれば本当にステージではちんまりして見える。

どうなるのか、と聞いていると、今まで聞いたことのないような美しい音楽空間…もちろんピアノの低弦が短いのでここぞ、という時にずし〜〜ん、という響きが足りない。でも十分美しいのだ。

実はこのP-190。私は一週間ほど前に、神戸のユーロピアノショールームにて、試弾していた。大ホール、小ホール、そしてショールーム併せて14台試弾した内、最もバランスの良いピアノで驚いたのが、このP-190だったのでさらに感慨深くこの演奏会を聞いた。

紀尾井ホールにお出かけになった方ならご存じだろうけれど、紀尾井ホールは非常に残響が多くて有名なホール。私も何度もあのステージでピアノを演奏しているが、音がお風呂場のように残るので、いつもペダルを踏みすぎないよう、何度も浅く踏み換えるのに苦労する。それでも、音が混ざって濁りあい何を弾いているか分からなくなりがちな特徴を持ったホールなのである。

が、この日は全く違っていた…低音の響きはやや薄かったものの、会場に余分な残響が残らず、音が柔らかく立ち上り、その響きに包まれて斎藤アンジュ玉藻さんのヴァイオリンが美しく響いていて、その典雅な時間は贅沢そのものだった。

ご招待下さったのは日本を代表するパーカッショニスト、草刈とも子さん。テレビをつければ必ずや彼女のマリンバやティンパニーを皆さん聞いているはず、というぐらいの活躍をしている彼女であり、業界でも耳が良いので有名な彼女と二人、曲が終わるごとに顔を合わせるほど、感激してしまって…。お互いに「この紀尾井ホールで、こんなに残響がうるさくなかった演奏会ってなかったわね」という感想が一致していた。

このことが何を意味するのか…
それは、この日の演奏会ではイヴ・アンリ氏の耳の良さと、感性のバランスの良さ、そして楽器がプレイエル、という上品な音を出す名器だった事、これらすべてが集約された結果の音響空間が提供された、と言える。

この日は斎藤さんのソロもイヴアンリ氏のソロも、そしてデュエットもあった。プログラムもバッハからラヴェル、ショパンそしてベートーヴェンのクロイツェルソナタで締められ、時代や作風も多彩だったけれど、あのプレイエルP-190は、イヴ・アンリ氏がショパンを弾くとショパンの音色になり、ベートーヴェンのクロイツェルの時にはまたまた骨格のがっしりとしたベートーヴェンの音色にピアノの音色が変身するのだった。

弾き手も楽器も超一流だとこういう素晴らしい演奏になるのだというのが驚きでもあった。

帰り道、彼女とお友達とおいしい小料理屋に寄ってピアノとイヴ・アンリ氏の話題で持ちきりになった。「あんなに美しい音色のピアノがあるのねぇ…初めて聞きました、ステキ。」「イヴ・アンリみたいな人に伴奏していただけるだけでソリストは一流のレッスンを受けられるようなものよね、どんどん成長できるものねぇ〜〜…」と、等々。斎藤さんのヴァイオリン演奏環境をうらやむためいきもしきり…

できる事ならあの日、プレイエルのセミ・コンサートぐらいの大きさのピアノであの演奏会を聞きたかったな…というのが正直なところ。あれだけ美しい音楽空間を体験し、鳥肌が止まらなかったくせに、人間の欲はとどまらないものだ、と我ながら呆れて帰宅。 
幸せな、幸せな一日に感謝して眠りにつく。

ユーロピアノ関西ショールームにての試弾のルポはまた次回にでも。

斎藤アンジュ玉藻

Yves Henry

Yves Henryの演奏が聴けます↓(さらにぴったりなファイルを検索中)
http://ml.naxos.jp/album/TUDOR7065
posted by カオリン at 16:46| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | コンサートレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月01日

ジェラール・グリゼイの残したもの…

SuntorySummer08 サマーフェスティバル2008

サントリー音楽財団が毎年開催する「サマーフェスティバル2008」が8月24日に幕を開け、昨日の芥川賞作曲賞選考演奏会を経てスケジュールを終えた。

今年の注目プログラムはなんといっても没後10年のフランスの作曲家、ジェラール・グリゼイの作品だったであろう。
フランスの作曲家、古くはラモー、クープラン辺りから時代を降りてきてフォーレ、ショパン、リスト、ドビュッシー、ラヴェル、そして現代になってメシアンの後を次ぐ大作曲家はやはりジェラール・グリゼイではないかな。

グリゼイの残した功績は現代における新しい作曲の技法を作り出したこと…となるけどそれは発明に近い偉大な功績だと思っている。

昔中学で習った音楽の三要素「リズム・メロディ・ハーモニー」という基本。現代音楽界ではまず、この三つをぶち壊すことから始まる、と言っても過言ではない。それほど音楽を作る作業は人のしないこと、普通じゃないこと…という隙間を求めて新しさの追求を続けてきていて、ここにきてやや飽和状態なのではないか、と感じたりもする。

そんな中、グリゼイの作り出した作曲法は音楽を音響的に捉えて作り出す技法で、音符で構築するのではなく音で構築する、と言われたりする今までとは全く違う新しい視点の作曲法。音を科学的分析によって組み立てていく方法。とは言っても楽譜は音符が書かれてはいるのだけれど。
ggrisey Gerard Grisey (1946-98)

スペクトル主義の音楽は縦に組み立てられた和音が非常に美しく、ある周期を伴ってそれが演奏される。それはパルス感にもなったりする。今まで音楽を横の流れとして捉え続けてきた世界にいきなり何十層ものカステラを縦に切って並べていくようなそういう斬新さに作曲界はどよめいた。

グリゼイの作品は日本では本当に演奏される機会がない。一つには編成上、費用がかかることが大きいかもしれない。それが今回はグリゼイの「音響空間」という全部で1時間半以上もかかる大作が生演奏で聞けた。その他のアンサンブル作品も目の前で聞くことが、見ることができて幸せな時間を味わった。

こんなに科学的に音楽を分析して構築して作り出しているはずなのに、グリゼイの作品は、どこか原始的な、人間の起源を感じさせるところがあり暖かみを感じたりする。究極のインテリジェンスとそれを包んで余りあるさらなるヒューマニティ。

これがグリゼイのグリゼイたるゆえんと思う。天才的大作曲家の書いた作品はそれが技術の卓越性のみに終わることなく、必ずそこにヒューマニティが存在している。そしてさらにそこには音楽界の一部の学者達が否定軽蔑し、忌み嫌うエンターテイメントが否応なしに存在してしまう。

そして彼の後に続く作曲家はその技術のスキルは完全に学ぶことができたとて、その個々のヒューマニティを織り込む、あるいはそのヒューマニティが立ち上るまでは行かないままにそのジレンマと永遠に闘う宿命を背負う。

そんな事をつらつらと感じながら、幸せなサントリーサマーの一週間を過ごせた。52歳で亡くなったグリゼイを本当に残念に感じてしまったりもした。あと20年生きて書き続けたなら、もっともっとたくさんの人が彼の作品を聞けて、スペクトル主義のスタンダードを、極東の日本でも広められたのに…

聞いたことのない方、是非グリゼイの曲、お聴きになってみて下さい。美しいです。現代音楽って退屈!というイメージを払拭してくれるはず。

♪CD情報♪
 ジェラール・グリゼイ「音響空間」
 ジェラール・グリゼイ「ヴォルテクス・テンポルム」ピアノと五つの楽器のための
タグ:Gerard Grisey
posted by カオリン at 11:10| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | コンサートレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月29日

メセニー・メルドー東京公演



パット・メセニーブラッド・メルドーの東京公演。

想像を超えた素晴らしい演奏だった…
前半が二人のデュオで4曲。
後半はドラムスのジェフ・バラッドとベースのラリー・グレナディア
参加してカルテットでのすさまじい演奏で7曲。
ここまで休憩なし。すごいパワー…
アンコールは2曲。2時間半なんてあっという間だった。

ブラッド・メルドーは以前ブルーノート東京で聞いたときよりも
さらに華やかさが増していた。
そしてメセニーが次々と登場させた色々な仕掛けのある、
ギターの数々の面白さ、奥深さ。

そして特筆すべきはそのドラムスとベースのお二人。
あり得ない!というテクニックと繊細さを併せ持っており、
こちらはお口あんぐり…ただひたすら驚くばかり…

それにしてもこういうツアーが日程的に休みをほとんど取らずに
移動して行われるわけで、彼らのタフさにも驚いてしまう…

トップ・アーティストは結局何でも持っている…って事かなぁ…

酔いしれた夜…翌日も翌々日もまだ酔っている私…であった…


東京公演のセットリスト発表♪

来日メンバーのプロフィール
posted by カオリン at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | コンサートレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする