昨年2014年の来日を一旦キャンセルしたあと、延期公演となった今回2015年のジャパン・ツアーとなった
ヨナス・カウフマンの公演。
ヨナス・カウフマン今回初めてヨナス・カウフマンの歌声を生で聞いた。
サントリー大ホールで一人のソリストでピアノ伴奏で、というのは非常にプレッシャーのかかるステージだと推測される。
ましてオペラアリアのガラ・コンサートではなく、正統派リードでのリサイタル。
Aプログラムはシューベルト「冬の旅」
Bプログラムはシューマンの詩人の恋を含む、ワーグナー、リストの歌曲。
ドイツリードファンならやはりAプログラムに行く。会場はミューザ川崎シンフォニーホール。一方Bプログラムはサントリー大ホール。やはり麗しい「テノールの王」の歌はサントリーホールで聞きたくなるのが一般的音楽ファンの心情。この時点でうまいプログラミングだ、と思った。
つまり、サントリーホールの方が多分、素人的ファンが多い、という事になるわけ。「冬の旅」全曲が聞きたい方は万難を排してもミューザ川崎シンフォニーホールに聞きに行くので東京公演はチケット売り上げが偏らないだろう…と判断される。
スケジュールの都合でBプログラムの日程に行く事になった。個人的に精神的に余裕のない時のAプログラム=冬の旅全曲は自分には重すぎる…と感じた部分もあったし、リストの「ペトラルカの三つのソネット」のファンでもあり自分に取ってはBプログラムは楽しみであった。
開演前のサントリーホールプログラムB(サントリー大ホール)
・シューマン:ケルナーの12の唄Op.35
No.1 嵐の夜のたのしさ
No.4 はじめての緑
No.7 さすらい
No.10 ひそかな涙
・シューマン:詩人の恋 Op.48
・ワーグナー:マティルデ・ヴェーゼンドングによる5つの詩 Op.91
・リスト:ペトラルカの3つのソネット S270
当初、公演を見て不思議に思ったけれど日本の代表的なメジャーホールのサントリーホールが公演第一日目、というのはマネジメントは何を考えてるのかな?という事だった。
通常はその国のメインホールは一番体調の良い時に当てるのがマネジメント会社。地方公演を数回して馴染んでから東京公演、というのが来日アーティストの通常なのである。それがサントリーホールが第一日目。
で、プログラムを見てわかった。今回の演奏会はサントリーホールがリラックスプログラム、という雰囲気に作ってある訳で、さらに世界各国のツアーで慣れているプログラムでまず一晩演奏、という段取りなのだと見えて来た。
彼の焦点はあくまでも「冬の旅」全曲。なのでサントリーホールでまず馴染んでから、二日目公演のミューザ川崎と三日目の大坂で「冬の旅」を歌う。なるほどなるほど…。
外国人アーティストは日本公演は反応がないので非常にノリにくい、と良くおっしゃる。そして日本はFarEast=極東=何しろ遠い!時差ぼけなどのつらさと闘いながらの演奏なので自分が楽器のオペラ歌手は神経質にならざるを得ない。という予想通り、非常に用心深い演奏のスタートになった。
徹底的にコントロールのきいたピアニッシモが目立ったシューマンの歌曲2種類。
休憩後も声量を出さないまま。
それだけにヘルムート・ドイチュのピアノの珠玉の響きが素晴しいのが印象的。長いコンビを組んでいるお二人の溶けるようなひとつになったアンサンブルはそれは美しかった。
ワーグナーの5曲を歌い終わっておじぎをした時、あの震度4の地震が来た!20時25分…揺れた揺れた。カウフマンも立っているのがやっとでステージで踏ん張ったほど。シャンデリアが大きくゆっくり揺れ続け、次の演奏へのステージ登場が中断。シャンデリアの揺れも収まり、ここから最後のリストのプログラムに入った。
★ここで地震の長く大きな揺れを体験した事ですでに会場の心情が大きく一つにまとまる、という現象が起こっていたのに後に気づくのだけれど…。地震のあとのステージ登場に、オーディエンスは勇気を称えるというか、惜しみなく拍手を送った。
最後のプログラムのリストのペトラルカ〜の2曲目から突然音量がドラマティックになったので、思わず2曲目で拍手が沸き起こった。
ここからカウフマンは何か、スイッチが入った感があり、声量がどんどん増した。こちらとしてはやっと本来の世界的レベルのテナーの歌声が聴けた、という気持ちになった。カウフマンはこのリストの歌曲は相当得意なのでこの最後のプログラムに持って来ているのが明白なほど、その歌声、表現は秀逸だった。
が、すでに終曲。
★地震という一つ恐怖の体験はそれを乗り越えると人間をハイにする。山の谷間の細く長い吊り橋を渡り終えると興奮が収まらずに飲酒したくなる、喫煙したくなる、外科医が難解な手術を終えると女性が欲しくなる、等という生々しいたとえがあるけれど昨晩はそういう滅多にないドラマティックなアトモスフィアがこの時点で会場全体に沸き起こってしまっていた。
多分カウフマンもそういう興奮状態があったのではないだろうか…。
アンコール2曲目からサントリー大ホールはスタンディングオベイション。1階はもちろん、2階もみな立ち上がってしまった。ここからがすごい。
何度ひっこんでもスタンディングオベイションが収まらないので
結局アンコールは5曲!来日公演初日に!である……!
彼らは出たり引っ込んだりを10回以上、プログラム終演後に繰り返した事になる。
終演後に貼られたアンコールの曲名++++++++++++
アンコール
1.F.リスト:それはきっと素晴しいこと
2.R.ベナツキー:それはきっと素晴しいこと(オペレッタ”白馬亭”より)
3.レハール:君は我が心の全て(オペレッタ「微笑みの国」より)
4.レハール:私は女たちによくキスをした(オペレッタ「パガニーニ」より)
5.レハール:友よ、人生は生きる価値がある(オペレッタ「ジュディッタ」より)
そして、この日の演奏は最後のプログラム=リストの作品からアンコール5曲が尻上がりに素晴しい演奏になっていった。
もしあの強い地震がなかったらあの会場総立ち!というスタンディングオベイションはなかった…と私は断言できる。あってもせいぜい前列5列止まりだったと。シャイな日本人がクラシック音楽鑑賞の会場で会場中が何十分も総立ちになるには何か、枷が外れる必要があり、それがあの、予期せぬ地震の共同体験だったと私は実感している。その熱狂的な会場の雰囲気がカウフマンの冷静なコントロールを突き破った、というドラマが見えた。
やはりオーディエンスはほとばしる何かを聞きたい、見たいわけで冷静すぎるコントロールはステージから客席に距離を作るだけである。ではあるが、一流になればなるほど全公演を見渡してエネルギー配分をするのは当然ではある。今回、地震というハプニングにより終演に近づいて本当のカウフマンを見る事ができて、名演を聞けて本当に良かった。
++++++
3.11.直後の来日公演を家族の猛反対に遭いキャンセル。日本人ファンをがっかりさせた事件から4年。そして昨年2014年の病気のための延期…となかなか来日が思い通りに運ばなかった経緯があるけれど、今回のこの日本公演初日。まずは地震さえも武器にしてしまうカウフマンの運の強さ。
そしてそういう素(す)になったプリンスいやキング・オブ・テナー、カウフマンの魅力はしっかりと聴衆の脳裏に焼き付いて、根づいた。こんな希有な場面に遭遇できた自分はなんとラッキーだったかと思う。
ヨナス・カウフマン ジャパンツアー2015 公演スケジュール
5/30(土)19:00〜 サントリーホール
6/1(月)ミューザ川崎シンフォニーホール Aプログラム
6/4(木)大坂ザ・シンフォニーホール Aプログラム